大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)3375号 判決 1956年2月07日
原告 イゲタ金属株式会社
被告 日東鋼材株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し被告発行の出荷指図書四枚(昭和二十七年六月十六日付被告倉庫あて A-3、A-4、A-6、同月十七日付訴外丸千産業株式会社あて A-8)と引換に山型鋼三屯一〇瓩及び同八屯五〇三瓩を引き渡せ。もし右引渡不能のときは、被告は原告に対し金五十一万八千八十五円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「原被告とも鋼材売買を業とする商事会社である。原告は、昭和二十七年六月十六日同業の訴外丸千産業株式会社との間に山型鋼一三屯余と鉄板一五屯の交換契約を締結し、その履行として右訴外会社から請求趣旨表示の山型鋼計一一屯五一三瓩を、本券と引換に引き渡されたい旨(A-8は引き渡す旨)を記載した被告発行に係る請求趣旨表示のような出荷指図書計四枚と他に訴外西野組発行の山型鋼二屯の出荷指図書一枚を受け取り、その所持人となつた。一般に鉄鋼業者の間においては、鋼材がその重量のため移動に多額の費用を要する関係から、その売買は保管者の発行する出荷指図書の受渡により行われ、出荷指図書の交付を受けた者は、あたかも当該物件の引渡を受けたと同視され、出荷指図書に記載された物件について、完全な所有権を取得し、発行者は「譲渡棄止」等格別の記載がない限りその所持人に対し右物件を引き渡すべき義務を負うべき商慣習が存在する。従つて、原告は丸千産業株式会社から前記出荷指図書の引渡を受けたことにより本件山型鋼の所有権を取得し、被告は出荷指図書の所持人たる原告に対しこれと引換に右物件を引き渡すべき義務を有するにもかかわらず、原告が出荷指図書を呈示して引渡を求めても、被告は本訴において抗争するような理由を掲げてこれに応じない。被告と訴外丸千産業株式会社との取引の内情はいかにもあれ、対価の受領前にあえて出荷指図書を発行交付するのは受取人に対し信用を供与したが故であつて、発行者としては、直接受取人との間に存する代金未済等の事由によつて善意の第三取得者たる出荷指図書の所持人に対し当該物件の引渡を拒み得ないことは、商取引における信義の見地からも当然の筋合である。被告の抗弁は、すべて当らない。
よつて、被告に対し出荷指図書と引換に右物件の引渡を求め、併せて右引渡が不能のときは、履行に代わる損害賠償として右物件の価格たる屯当金四万五千円の単価による金員の支払を求めるため、本訴に及んだ。」
と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
「原告の主張事実中被告が鋼材の売買を業とする会社であり、訴外丸千産業株式会社に対し原告主張のような山型鋼計一一屯五一三瓩の出荷指図書計四枚を発行交付したことは認めるが、その他はすべて争う。
被告は、昭和二十七年六月十六、十七両日にわたり右訴外会社との間に、本件山型鋼を代価屯当金三万八千五百円で売り渡す旨の契約を結び、代金は直ちに支払うべくそれと引換に被告会社倉庫において右物件を引き渡す約束のもとに前記出荷指図書を同会社に交付したのであるが、再三の催告にもかかわらず同会社から代金の提供がないので、同月二十日同会社に対し右契約解除の意思表示をしたのである。
出荷指図書は、単に右契約成立を証するため書面(いわゆる証拠証券)にすぎず、記載物件に対する権利を表彰し権利の移転行使が証券によつてなされることを要するが如き有価証券の性質を有するものではない。従つて、原告が訴外会社から右出荷指図書の譲渡交付を受けたとしても、それのみによつて右書面に表示された物件につき所有権ないし引渡請求権を取得するわけではない。鉄鋼業者間の取引においてしばしば本件のような出荷指図書が発行又は授受されている事実があるからといつて、直ちに出荷指図書を有価証券と同様に取り扱う商慣習が存在すると結論することは、論理の飛躍というべきである。これを要するに、指図書は高々前述の証拠証券の性質を有するにすぎないから、指図書の授受は物件に対する権利ないし占有の移転の効果を生ずるものではなく、権利移転の対抗力を具備したことにもならない。仮に原告が指図書の引渡を受けたことにより前主たる訴外会社から譲渡を受けた権利をもつて被告に対抗し得るものとしても、それが前主の買主たる地位であるならば、前主との約定に基く本件物件の代金五十一万八千八十五円の支払と引換にこれを引き渡すべく同時履行の抗弁を主張し、それが所有権であるならば、右代金の支払あるまで留置権を行使する。」
と述べた。<立証省略>
理由
被告が鋼材売買を業とする会社であることは、当事者間に争がなく、原告会社及び訴外丸千産業株式会社(但し、証人竹内重助の証言によれば、未登記の会社と認められる。)も同業を営む者であることは、原告代表者本人尋問の結果に徴し明らかである。
成立に争ない甲第一号証の一ないし四と証人竹内三郎の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、原告が昭和二十七年六月十七日頃右訴外会社との間に鉄板十五屯と交換に被告会社倉庫に保管中の請求趣旨記載の本件山型鋼一一屯五一三瓩ほか計一三屯余を譲り受ける旨の交換契約を締結して同会社から請求趣旨記載の出荷指図書四通(甲第一号証の一ないし四)の交付を受け、原告からは当時訴外会社に対し鉄板十五屯の引渡を了したことを認めることができる。ところで、右物件は、訴外会社が上記取引の直前被告から代価屯当約金四万円、代金は小切手金により数日内に支払い、それと引換に物件の引渡を受ける約定で買い受けたものであるが(前記出荷指図書は右契約に際して被告が訴外会社に交付したもので、その記載内容が原告主張の通りのものであることは、当事者間で争いがない。)、従前の取引につき被告が訴外会社から受け取つていた数十万円の小切手もその頃全部不渡となる状態で、右代金も当然予定の期限内に支払を得られなかつたので、被告は催告の上同年七月二十日頃右売買契約を解除し、原告の引渡請求には応じなかつた事実は、証人竹内重助の証言により成立を認められる乙第一ないし第五号証並びに証人渡辺正、藤井正、竹内重助、竹内三郎の各証言及び被告代表者本人尋問の結果を綜合してこれを認めることができ、右竹内重助、同三郎の証言中一部右認定にそわない部分は、採用しない。
原告は、鉄鋼業者間においては、鋼材の売買につき倉庫保管者の発行する出荷指図書を売主から買主に交付して現品の引渡に換え、保管者は右指図書の所持人に対しては売主その他前者に対する人的抗弁を主張して物件の引渡を拒み得ないとする商慣習が広く行われ、被告は右慣習に従い指図書の正当な所持人に対し無条件に物件を引き渡す義務があると主張するので、まずそのような商慣習の有無について審べてみるのに、鑑定人鬼頭一の鑑定結果及び鑑定証人沼田義雄、田中次郎の各供述に業界新聞であることにつき争ない甲第五号証の記載を綜合すると、一般に業者間の鋼材取引については、その重量や運搬費用等の関係上、現物は倉庫に保管を託したままで売買の都度これを移動せず、売主の依頼により保管者の発行する出荷指図書(依頼者の指示に従い本人又は買主を荷受人として表示しその者に現品を引き渡す旨を記載した書面)を売主より買主に交付し、買主がさらに第三者に転買する場合には指図書をそのまま第三者に交付して、最後に現実にその引渡を欲する買得者が指図書を保管者に呈示して倉庫から現物を受けとる慣習が行われていることを一応認めるに足りるが、他面、指図書を発行した保管者といえどもその所持人に対し無条件に引渡に応ずるわけではなく、物件の引渡がすむまでに発行依頼者から出荷差止めの申出があれば所持人の引渡請求に応じないのが常態であり、結局保管者は指図書発行の際の条件に従い依頼者に対する関係で引渡義務を負うにすぎないのであつて、本件の場合のように保管者自身が売主として指図書を発行する場合にも、同様の建前から、引渡に応ずべきか否かは、発行依頼者たる買主との間の売買条件のいかんに係るものとされていることを認めることができる。それによると、鋼材の保管者が発行する上記のような出荷指図書は、倉庫業者が発行する倉庫証券等とは異なり、取引当事者間の権利移転についての証拠証券ないし保管者の引渡に対する免責証券的な機能を営んでいる書面であつて、指図書の引渡を受けることにより、当該物件につき保管者に対する引渡請求権をいわば原始的に(前者に対する人的抗弁の対抗を受けることなしに)取得したものとして取り扱うような商慣習は、存在しないものと認めるのが相当である。指図書の発行者は所持人に対し常に引渡を拒絶できない慣習がある旨の鑑定人香川竜二の鑑定結果及びこれを肯定する趣旨の原被告双方代表者本人の各供述は前掲証拠に照し採用し難く、他に右認定を動かすに足りる的確な証拠は存在しない。
以上によれば、右商慣習の存在を前提とし、被告が右慣習による意思で本件出荷指図書を発行したことによりその所持人たる原告に対し物件引渡義務を負担したものとなす原告の主張は、当らないものというべく、また前認定のような事情のもとに被告が原告に対して物件の引渡請求を拒んだとしても、商取引における信義に背くものということもできない。
なお、原告の本訴請求原因には、証券上の物件引渡請求権があるというにとどまらず、指図書の引渡は商慣習上物の引渡と同様の効力を有し、それによつて本件物件につき完全な所有権を伝来的又は原始的に取得したものとして、右所有権に基き引渡を求める主張をも包含するものと解されるところ、前判示のように出荷指図書は証拠証券ないし免責証券の機能を有するにすぎず、その所持により当然当該物件の上に支配力を及ぼし占有を取得したと同視し得るような性質を有するものとは、というて認められないのであるから、原告において本件物件につき現実の引渡を受けるか直接占有者たる被告がこれを原告のため保管する旨の意思を表示しない限り(かような事実がないことは、原告の自認するところである。)、所有権の原始取得はもとより、訴外会社よりの承継取得をも被告に対抗し得ないことは、いうまでもない。
そうだとすれば、原告の本訴請求は、爾余の点につき判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべきものであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 橋喬)